小さい案件ではホームページの制作と開発から、大きいところでは基幹システムの導入まで、この10年くらいで各産業へのIT導入が進められました。その導入をサポートしたITベンダーやSIerの公表するクライアントからの導入リアクションを見ると、「導入されたお客様に非常に喜んで頂けた」「IT設備投資による効果を感じられたと喜ばれた」「●●株式会社における弊社システムの導入事例」など、見事なまでの美辞麗句が並んでいます。最も、自社のアピールで「見事に導入に失敗し、取引を打ち切られました」「導入したシステムの維持費で却って赤字になったようです」「IT研修を終えて1週間の開発チームが担当したところ、バグや想定外の動作で、弊社もクライアントも損失計上となりました」なんて、書くわけがありませんが…。
ところで、実際にベンダーやSIer、また小さいところではSEO業者やホームページ制作会社などが行ったIT投資は、どのような結果となっているのか。やってよかった?失敗したのか?無駄だった?…こういうことは、やはり資料を分析して調査しなければ全然判りません。そこで、商工中金が今年(平成20年)5月に発表した中小企業の IT 活用に関する調査を見てみましょう。この資料を元に、ITコンサルタントのコンサルティングのケーススタディっぽく「どのデータに注目し、どうデータをリンクさせて、ソリューションを得るのか」を、分析を交えながら考えていきましょう。
まず、IT化は確実に進んでおります。企業内へのインターネット回線の導入はほぼ完了、社内LANの環境や自社のホームページも7割が済ませています。ITの基礎的な土台への設備投資は、ほぼ完了といえるでしょう。全業種に亘って高い普及率と満足度を与えているIT活用は何かといえば、基礎的なメール・ホームページ閲覧・社内のファイル共有がほとんどです。しかし、です。インターネットのインフラがほぼ全国に行き渡っている現在、この用途でIT設備投資への不満が出ることはほぼ無いため、この点からIT導入の効果や満足度を評価するのは意味がなさそうです。
意外なことに、メディアでこれだけIT屋が大騒ぎしているにもかかわらず、データベースやシステムソフトウェアなど業務支援へのIT投資や、電子商取引におけるIT活用は、実はそれほど進んでいません(※引用資料の3P [図表1-2] ITの活用状況 より)。取り分け、顧客のデータをまとめてビジネスに活用する顧客管理分野でのIT活用は半数程度、またウェブ上で販路を作る電子商取引分野にいたっては、2割前後の導入実績しかありません。このことから、中小企業においてのIT投資は、まだまだ発展途上である事が窺えます。
なぜ、これまで中小企業のシステム関連のIT化が進まなかったのでしょうか?この点は、コンサルティングにおいて最も重要な分析対象になります。その背景には、もちろん各企業の固有事情もありますが、統計として注視しなくてはならないデータがあります。それは、投資意欲は今後もそれほどの拡大を示していないというデータです。ITという言葉がメジャーになって、「インパク」など国策主導でIT化への流れが始まってから10年余、その時から現在までのスパンにおけるIT導入済み企業の増加割合と、今後のIT投資意欲を数式化してみると、あろうことかトレンドとしての意欲は鈍いのです。
このことは、SIerやベンダーは大企業向けの製品やソリューションに注力してきたけれども、中小企業にとって“適切”なIT化を提案するベンダーやコンサルタントがいなかった・中小企業は無視されてきた事が一因にあります。また、中小企業特有の状況についても考慮しなくてはなりません。トップ高齢化などによる経営のパターン化・トップダウンによるリーダーシップ=経営戦略と投資判断などに、IT化も左右されるなどの理由も浮かび上がってきます。加えて、トップが感じるIT化への意識として、自社のIT化は、だいたい他の企業と同程度だろうからこれでいいと思い込んでしまい、それ以上のIT導入に対して思考停止してしまう。こういった点も挙げられます(中小企業の経営体制に特有の意思決定システムは、時としてデリケートな点です)。このような意識も、統計資料には表れてきます。IT化の遅れに危機感が伴っていないことをも暗に示すデータです。
また、『IT活用によって得られた効果に対しての総合的な評価』を、引用資料の前回調査時から4年後の今回の調査結果と対比して見ると、ほぼ同じ割合を示しています(※引用資料の9P [図表4-1] IT活用の総合的な効果 より)。これはいったいどういうことなのか?4年間の期間があって、IT導入は増加しているのに、効果を感じている企業割合が同数であるということは、IT化を担当したベンダーやSIerなどが、より活用に値するスキームを全く出していない?要因が存在する可能性も考慮に入ってくると思います。
つまり、中小企業の中でIT導入に失敗したと考えている企業もあるわけで、このことは「費用対効果」「初期費用とランニングコスト」が、IT設備投資への大きな障壁と考えている企業が多いことも無関係とはいえないでしょう(※引用資料の19P [図表7-1] IT化の障害や制約 より)。もちろん、このデータは純粋な費用対効果としてのデータというよりも、むしろ印象的な回答と捉えることが出来るので、昨今の売上不振などがより総合評価を落としていることも考えられますが…。
それでは、以上のデータと見方を元に、中小企業でIT導入を行うためには、どういった提案が必要とされるのかを、箇条書きにしてみましょう。
- IT化が思ったより進んでいない現状を理解、IT導入への基礎的な啓蒙
- 大企業ほどsystematicではない為、IT戦略すら顧客に合わせたカスタマイズが必須
- IT導入の投資価値は、より具体的に示される必要がある
- 企業の体力に合わせた、段階的で無理の無いIT導入支援を
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予想以上に中小企業でのIT化が進んでいないことに、驚く方も多いと思います。このままでは、ITを活用する術を知らないまま、どんどん遅れを取る企業や、IT化に失敗して経営難に陥る企業も出てきて当然といった統計です。現在の厳しい経済状況で中小企業が頑張るには、経営資源の有効活用と、一つ上の経営判断や戦略が必要となることは間違いありません。中小企業のIT化が思ったより進んでいないというデータが示すことは、考えようによっては、今の時期でも他に先んずることが出来ると考えることが出来ますから、社内会議などでITに関してを積極的な議題とするには、重要なタイミングかもしれません。
先に引用した統計資料には、企業から提出された自由記載欄の生の意見も多く掲載されています。当方ではコンサルティングの現場で、漠然としたお話も含めて色々とお伺いしていますが、具体的な内容がわからなくて当たり前だと思いますし、そういった単純な疑問や効果について、なんとなくでもご質問頂ければ、理解に繋がるようなお答えを必ず出すようにしています。今回は、データ分析から始まる、コンサルティングのごくごく一部分を紹介してみました。