簡単にまとめるつもりが長くなってしまいましたので、いくつかの章に区切ってみました。タイトルに記した論点を述べる前に、まずIT産業のあり方から進めてみたいと思います。IT産業の特殊性・受注(売上)と出来上がり(納品)、それらを取り巻く軋轢から生じる問題点について、順に書いてみます。
IT産業の特殊な点...ほぼ全ての内容を人に依存する産業である
IT産業においては、いわゆる生産力を考えるときに「結果が予測しづらい・人の能力に依存している部分が大きい」点に端を発する、他と異なる特徴があります。建築産業においての「設計・施工」と、IT産業においての「設計・システム納品」とで比較検討してみましょう。
- 基準と資格・法整備
建築においては、資格がなければ設計や施工は行えません。また、安全基準なども立法化されています。反してITは誰でも事業活動を行えます。残念ながら有象無象の集まりになりやすく、おのずから質的な低下という問題をはらんでいると言えます(※また情報処理などの資格は、実務レベルでは全く役に立たない)。 - 判断と目安の不在
建築の設計施工には、その規模と得手不得手が明確である例が多いと思います。多くの職能をまとめて最終的に建築物を完成させる大規模なゼネコンから、街のエクステリア専門・外壁や塗装専門の工務店まで、技能が細分化されています。それがITですと、得手不得手どころか、発注作業の中身が具体的に想像できないために、判断材料に乏しくなります。結果的にこうあって欲しいという実装要求に対して、「出来るか出来ないか」が重要なのにもかかわらず、やってきたIT営業の口先三寸や、社内で地位のある人間やコンサルタントのコネクションで、発注先が決まったりする例が多々あります。合い見積もりや入札制度を採っている発注元企業も、最終的な決定にどういった指標を使用するか、戸惑っているように見えます。 - 工数・生産性の基準値
建築の場合、工数も人月計算も極めて立てやすい。というのは、設計に関しては紆余曲折や能力差があったとしても、少なくとも施工に際しては、必要な資材や工数が正確に見積もれるからです。工事中のビルの看板を見てください。天候などによる影響がない限り、「n月n日の作業予定」が明示されているのに気が付くと思います。
建築であれば誰がどんなレベルの仕事をするのか、工数や資材が見積もりやすいが、ITでは人間がプログラミングなどを行うので、その工数の見積もりが難しく、各人の能力差も大きい。この点を認識しておきましょう。そしてIT産業の対価や人件費は、納品物という実体を伴わないだけに、(支払う側の意識として)割高感を持たれやすい。このことも認識しておいてください(実際にぼったくっているかどうかは個々のケース)。
人に依存する点が多い・伴って結果への影響が大きいということ
IT産業では、設計も施工も全て人間の能力によって行われるということは、能力値による影響が大きくなるということが自明になります。その「能力値」の判断に際して、上場企業であれば能力値の高い人材を確保している・反して、個人事業であれば能力値は低い・というように、ばかばかしいほど簡単に判断できればいいのですが、どう考えてもそんなわけがないことは、社会に出ている方ならよくご存知だと思います。
「個人の能力」があります。無論、全てのベースになります。個人能力は、機械のように安定した生産能力を持つか?と考えるまでもなく、新しい事や難しい問題に直面した場合、そこに安定した生産性は求められません。それを解決するまでには、個人の能力に応じた時間が掛かるでしょう。これも、工数の予測を難しくする一因です。上流でこのような問題が起これば、下流に影響が出ます。
IT以外の古くからある産業では、生産スタイルが確立されている例が多いために、指揮系統の上流能力が仮に低くても、下流でカバーできている事があります。ただ、IT産業の場合は、他の産業よりも人の能力に依存する部分が大きい=管理能力も生産能力も必ずどこかに影響を与えるということですから、ほぼ全てがうまく機能しなければ、他の産業に比べて失敗の元となりやすいと考えられます。過去においても、また現在進行形のプロジェクトでも、そのような例に枚挙の暇がありません。
能力を開花させ・また阻害もする「組織」という集団
ということになりますと、能力不足による監督力や指揮系統の乱れ・さらには能力の低い人間が配置されたときに、生産性が大きく低下したり、最悪のケースでは全体の活動が停止する場合さえ考えられます。全体に能力が高い人員を配備することももちろん大事ですが、まず考えるべきことは、経営組織論に基づいた組織力の強さ=一枚岩で堅牢な組織であることが大切でしょう(※経営組織論は理想なのですが、それを意識するだけでも有用です)。(注:)企業に限定しなくても、複数の人が同じ結果に向けて関わっていれば、それは「組織」です。
タイトルの「顧客と・IT営業と・IT技術の・軋轢」に話を進めます。IT産業では、「営業は出来ていない製品の売り上げを立てて数字を作る」「技術は、営業の取ってきた仕事を製品化する」という事業ケースが多くを占めます。ホームページの制作も、いわばそういうことになります。この作業の内容が、難しくなればなるほど・また規模が大きければ大きいほど、うまくいく可能性が低くなっていくことは、なんとなく想像が付くと思います。その過程のどこにでも、失敗の芽が内包されています。
「失敗や予期せぬ事態は、必ず起きる」という当たり前のことに、多くの人は気づきません。失敗が起きてから慌てふためくのが通常なら、その事態を予め予測して、対策を立てなくてはなりません。そのためには、いくつか大事なことがあります。大切な順に列挙します。
- 組織体制や開発力を、誰もが正しく認識せよ
- 経営者(リーダー)は、下流の結果における責任が自身にあることを常に認識せよ
- 虚偽の申告や報告を行わない
- 過去の失敗を分析して現在に活かす
上の項目が行き着くところを一言で表すと、「チームワークを強固にせよ」と言うことになりますでしょうか。日本の企業価値観として、もともとスタンドプレーを嫌う社会的な慣習があったように思います。それは、馴れ合いや組織ぐるみの隠蔽など、悪い面への作用をもたらすこともありますが、個人プレーで組織全体を壊さない点は、良かったように思います。最近のグローバリズムの風潮で、組織内には不安と諦念が蔓延し、良かった点までもが失われつつありますが…
往々にして、営業と技術は仲が悪いとされています。すべてはそれぞれの役割分担を認識していないことや、一方的な増長に端を発しています。「俺たち営業が間断なく仕事を取ってくるから、技術のお前らは給料がもらえるんだ」「いつもいつも無理な納期で割に合わない額面の仕事ばかりとってきやがって、営業さんたちは今日も定時でお帰りですか」とか、組織内で妙な軋轢が生じ、その結果、プロジェクトがうまくいかない。こんな内情の組織に何かを任せると、早晩その顧客をも巻き込んだ泥沼が始まります。最終的には、組織の信用が失われて顧客もどんどん離れていく…簡単に想像が付くと思います。そして、こういった内情は、外からは決して見えません。
まず組織対顧客という立場で物事が始まりますから、営業と技術、ひいては組織全体が一体となっていなくてはなりません。アウトソーシングにおいても同様のことが言えます。アウトソース先も、プロジェクトの最中はその一員ですから。
人の能力に依存するからこそ
そのように、組織の内部がまとまりを持つと、組織がうまく回転しだします。そのメリットとして、IT産業でもっとも重要な「人員の能力値」が発揮され始めます。ITが未熟な産業だと私は良く思いますが、業界に係わる人間の質もさることながら、人の能力が最重要な先端産業にも拘らず、あまり良くない組織環境が多いのではないか?と感じるからです。
以下は持論になりますが、「顧客の信頼を得て、それを失わないためにはどうする?」「いい結果を出すことはどういうメリットに繋がる?」「問題を起こさないためにはどうする?」こういったことに対して予め考えること、これが息の長い事業の継続をもたらすと考えています。その場しのぎのような行動は、後で必ず災禍を招くのではないでしょうか。そして、誤った行動をとるIT企業が産業全体に悪影響を及ぼしていることを一つの悪例として、産業に関わる人間であれば、事業への取り組み方を省みてもいいように思います。
付記:顧客の立場からは、どう見る?
さて、外から発注する立場の顧客にしてみれば、内情がわからなければ、どこがいいのかわからないと言う話になります。事実、大手開発企業に委託したが、散々納品を引き伸ばされた挙句に、結局とんでもないものを納めてきた・なんてことは珍しくありません。出来ることならば検討時や発注時に、エージェントやコンサルタントに相談したほうが、後の大きなトラブルや損金を避けるためにはいいかもしれません(※ただ、そのエージェントやコンサルタントが曲者だったと言う話が一番多いのですが)。