何かを発注する際には、どんな業種でも見積書(見積もり書)が必要とされます。しかしながら、IT関連の見積もりの場合、他の業種と異なって、見積りが理解しづらい・取りづらいように思います。IT業界の中にいてすら不透明感を感じるのに、他業種から見ればなおさら、その内容・妥当性などがわかりづらいのではないかと思います。そこで、見積りに関連する項目や明細、事柄をいくつか列挙して、ご参考に供したいと思います。ただし、一口に見積もりと言っても、その考え方・提示根拠などは、本当に百人百様です。この記事は、あくまでも当方の考えとしてお読みください。
■IT業界の曖昧な点を認識する
はじめに、IT業界の特殊さを、業界の成り立ちを振り返りながら考えます。まず、ITの営業科目が、プログラミングなどの特殊な内容だけに(しかし実はプログラマ単価は安い)、どれだけの営業経費が適切なのか、皆目見当がつかない。高いのか?安いのか?…そんな、「こなれていない」新しい業態と言う点が、ひとつ理由にあると思います。
次に、携帯電話とインターネットという目新しいインフラの登場で、IT業界にはゴールドラッシュのように大勢が参入し、金集めに拍車を掛けました。今では新卒も当然のように採用される規模になり、人が溢れかえっています。その状況下では、大手は高額受注を獲得して株式公開の利益も獲得するバブル状態(もう終わりですが)にある反面、安定した受注先を持たない二次・三次受注企業・小規模事業主は、利益の出ない状態での受注を回し続けなければ経営が成り立たないという実態があります。以上の不透明さと格差による「相場感」の不在が、そのまま色々な差に繋がっていると思って宜しいかと思います。
■不透明性の理由は何か
対価のほとんどが能力に依存する人的作業となること。その労務費算定の基準は、各社が設定した「役務の特殊性・能力」になるため、金額が大きくばらつきます。これが、例えば古くからある業種であれば、長年に基づく相場感がありますから、それを大きく逸脱する対価が提示されることはありません。ITの場合は、業界自体が新しいこともあるため、特殊な作業に対する労務費の妥当性や利益率算定の目論見、いずれの根拠にも乏しい。そのため、見積もり方法が「総額形式(※一式を納品した額面での見積もり)」であれば尚更、果たして提示額がどのような算定根拠に基づいているのか、まったくわかりません。
■では、見積りをどうやって出しているのか
多くのIT関連事業者は、プロジェクトシートを作っていないようです(そういう話を聞いたことがありません)。ですので、他の事業者の方がどのように見積もりを算出しているかはまったくわかりませんが、仮に・仮にですけれども、「この仕事内容でこのクライアントなら、だいたいこのくらいかな」と、発注者の値踏みと感覚から見積もりを設定した場合、固定費はどんな企業でも(個人でも)定額での算定ですから、同じ仕事量だったとしても、ある場合には粗利益での利益率が、売り上げの80%に至るケースも考えられるでしょう。反して、さまざまな事情によって利益が出ない案件でも引き受けるケースもあるのでしょう。
■根拠をどこに求めるかを明確に
当方では、根拠は企業会計に基づき、何を尋ねられてもその根拠をきちんと説明できる、ガラス張りの見積もりが望ましいと考えています。それには、明確な項目である・実制作や納品内容に関係の薄い項目が含まれていない見積もりが必要です。IT関連では、とりわけ市場の金の流れが激しいことに加え、「一部のIT関係企業による高利益率のみに拘って納品はお粗末」「投資家を無視した経営陣の行動」などが、IT関連企業への信頼をも損ね、またITの浸透・更に業界発展の妨げになっているように思います。評判の良くない業界だからこそ、不透明さを無くすことが肝要と考えています。
■見積もり明細項目について
IT関連でよく使用される見積もり明細欄の項目を、まずは挙げてみましょう。以下を例としてご覧ください。
【ウェブ・メディア関連】
本当に単純なウェブページの主な項目です。
- ページあたり制作単価
- 基本デザイン
- 基本css制作
- 基本プログラム導入(※Ajaxなどの組み込み or スクラッチ開発)注)上記段落の3項目は、企業のウェブサイトのように統一感のある全体デザインが必要とされる場合に計上されます。この場合、ほとんどのページにデザインの基礎部分を使い回す事が前提となるので、ページあたり制作単価が(当然ながら安価に)変わるはずです。
- 特殊ページの制作単価注)この項目は、「トップページ」など、情報の付与や特別に手を入れなければ成立しないページに対する対価です。「トップページ制作料」など、具体的に明示されているほうが、よりページ数が把握しやすくて望ましいでしょう。
- コピーライティング・文章作成費注)制作側にコピーなどの文章をどれだけ任せるか、という点に大きく左右されます。基本的には、発注側から原稿の供与があったほうが望ましいと考えます。文章作成を頼む場合は、制作側がよほど文章が上手な人で無い限り、パンフレットなど制作年数の長い専門のライターに発注するほうがいいと思います。
- 画像/Flash/動画/サウンドなどの制作料注)制作が所有している素材を使う場合、デザイン料に含まれている場合があります。
注)素材の新規起こしは、出来に関わらず高額になる傾向があり、この点は織り込んで考える必要があります。例えば、細かな制御が必要なFlash、独自のイメージイラストが必要などの要求があった際に、引き受け側から更に発注を要する場合があるからです。
【システム開発関連】
ウェブページと組み合わせて使われるプログラムやデータベースに関する項目です。商品カタログ・ショッピングカート・カスタマーサービスなど、多岐に渡ります。
- カスタマイズ&組み込み注)有償・無償・GPLで公開されているプログラムをカスタマイズ(変更)して、システムに使用するケースは多々あります。その場合、カスタマイズ料金も大事ですが、「利用ライセンス」を制作側が理解しているかが重要です。カスタマイズしたプログラムが利用ライセンス違反だったばあい、矢面に立つのは発注者です。
- スクラッチ開発注)独自にプログラムを制作する場合、「工数」という人月計算で見積もりが提示されることが多いようです(※この件は後に触れます)。
■見積書の見方
概ね、上で列挙した内容で考えればいいのですけれども、「営業費」「予備費」「動作確認費」「設置費」「(進行)管理費]などの項目については、気になった点については問い合わせて内容を確認し、納得のいく項目かを判断することが出来ます。これらの項目を設けてあっても別に悪いことではないのですが、不明瞭な点・あまりに納品と乖離した項目などは、確認するほうが双方にとって良いと思います。
■工数とは?
工数とは、「このシステムを納めるためには、n人でxヶ月かかる」という作業単位で、nx人月として表されます。ただ、これが「目安」にしか過ぎないのは、あるプログラムを1日で作成出来る人もいれば、10日掛かる人もいます。これを工数で考えると、1人あたりの単価が同じだった場合、1日で出来る能力のある人のほうが、1/10の営業利益しかえられません。また、だらだらやるつもりで工数を延ばし、売上げに転化するということも出来ます。ですので、工数は、主に制作側の内部管理に使用するのが正しいのですが、なぜかこの工数で見積もりが出る場合がほとんどです。参考までに、当方の場合はあるシステムを作る場合に、日数は提示しますが、システム料金は一括で算出します(※大手企業でも出来ない技術やノウハウを所有しており、工数管理よりも技術料としての算出しか出来ないため)。
■価格の納得性をどこに得るか
大前提として、予算の目安を持つことは必須です。その上で、いくつかの事業者に対して、見積もりを依頼することが現実的です。そして、製作者にとってのは「実例」が一番イメージしやすいでしょう。そこで、最初のコンタクトで、http://**.**.**/と同レベルのサイトは、いくらで・どのくらいの期間で作れますか?」のように、具体的な実例を伴った打診(※見積もりではないですよ)をしてみると、双方でイメージの共有が出来、その先の見積もりへの発展で折り合いも付けやすくなります。
■ポイント1:相見積もりは金額を見てはならない
短絡的に見ていると、ほとんどの場合、失敗するほうを選択するでしょう。安いには理由があるし、高いにも理由がある・その本当の理由を見極められなければ、合い見積もりをしても全く意味がありません。どこが落札してもきちんとした結果が出せる、公共事業の入札制度のような結果を期待するのは、ITのような未熟な業界では間違いです。問い合わせの段階、見積もりを取る段階、そこから既に背景を察することが重要です。相見積もりをさせる背景には、100%お金絡みという視点があります。しかし、もし本当にいい結果を得ようと思うなら、そこで冷静に将来のことまで考えた評価と決定を行うことが、発注側に求められるでしょう。いろいろな交渉を経験してきた当方は、経験からそう思います。
■ポイント2:本当に必要な対価を吝しむなかれ
値切る・と言う状況、別段珍しくありません。値切り方の交渉も人間力を表すようで、うまく譲歩条件を作りながら価格を下げられる人・足元を見る人・「経営が苦しくて」を連呼する人、本当にさまざまな方がおられます。しかし、対価を惜しめば結果も相応と言う当たり前のことを忘れずに。
■ポイント3:交渉の場では双方が腹蔵なく、得心いくまで
発注側も受注側もそうですが、多くの人は大体、相手の人格や品位に敏感だと思ったほうが宜しいと思います。交渉のテーブルに着くときには、品格にご用心あれ。一度下がった「株」や「器量」は、二度と上がることはありません。当方は、人並み以上に「この先付き合っていける方」かどうかを仔細に見ていますし、人もまた、常にこちらを評価しているんだなと思っております。
■ポイント4:業者選定・見積もりをコンサルティングに掛ける
発注する前に、発注内容についてITコンサルタントに相談を行ったり、思い切ってコンサルタントに丸投げしてしまうことは、実はコストも掛からず、悪くない手段です。実力のあるコンサルタントであれば、細部にわたるノウハウ・スムーズな進め方を知っているからです。ただ、そのITコンサルタントの選び方を間違えると、全てが大失敗に終わるという怖さがあります。例えば、特定の業者と癒着して金銭的に不透明な流れがある・発注者の意向を反映できない・折衝能力が無い・技術のことを何も知らず、納品の評価が出来ないe.t.c....
■最後に
見積もりについてまとめてみましたが、結局のところ見積もりは「人」というファジーな二つの存在が、「利益」という一点でせめぎあうものですから、譲歩や妥協・打算があって当然です。そこを踏まえて、納品時に・また先々に渡って、いい仕事が出来たと双方が思えるような結果が得られることがベストです。長くいいお付き合いこそが一番の収穫になること、これは自信を持ってお伝えしたいと思います。